平泉遺跡群
岩手県平泉町の平泉遺跡群(平安?鎌倉時代、12世紀中葉?末葉)では、柳之御所・伽羅之御所・無量光院跡から発掘されたトイレ遺構ではないかとされる土坑が30基を超す。すべて円筒形で上端径0.8?1.6m、下端径0.6?1.0m、深さは0.9?3.3m、土坑形汲取式トイレで籌木がそれぞれから66?2192点出土している。しかし、深い土坑のなかには、埋土の中層から籌木の出土する例もあり、その状況から一括廃棄した可能性も考えられる。これは、汲み取られた糞尿が下肥として撒かれるさいに籌木が邪魔になるため、便槽へは落とさず、別にまとめて捨てた場合もありうることを示している。寄生虫卵分析では高密度の結果が出ており、トイレとする要件は満たすものの、なかにはトイレ遺構ではない土坑も存在する可能性がある。いずれにしても、土坑の形態的統一がなされており、都市平泉における計画性がうかがわれる。
小春はやっぱり猫が好き
森の小人
生活にしあわせタイム
浅草日記
大当たり判定
天体観測
日の丸
姫アンスリウム
麻来の日記
優等生
翼スポーツセミナー
恋の大捜査
SEOめだかの学校
あひるサンバ
イエローモンキー
エスカレーション
おすすめクライアント
お悩み解決所
キャベツ畑
ケムタンのカラーコンピューター
寄生虫卵の分析から、1. 回虫・鞭虫が大量に検出され、野菜や野草を生もしくは十分に火を通さずに食べていたこと、2. 肝吸虫・横川吸虫の検出により、コイ科やアユなどの淡水魚を生もしくは十分に火を通さずに食べていたこと、3. 日本海裂頭条虫が多いことから、サケ・マスを軽くあぶったり、生干やルイベのように生で食べたりしたことが多かったと思われ、これらの寄生虫により、腹痛を主とする消化器症状が起こり、場合によっては栄養障害や貧血に発展するおそれがあったと考えられる。これに対し、当時の人々は、花粉・種子同定分析で大量に検出されたヒユ属・アカザ属を腹痛や虫下しの薬として服用していた可能性もある。なお、秋田城跡と比較するとサケ・マスの常食が際だった相違点であり、ここに平泉政権の在地性の強さを指摘できる。